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最高裁判所第一小法廷 平成12年(許)13号 決定 2000年9月07日

抗告人 X1

X2

X3

相手方 Y1

Y2

Y3

Y4

Y5

主文

原決定中、被相続人Aの遺産の分割に係る部分を破棄する。

右部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

抗告人X3の抗告を却下する。

前項に関する抗告費用は抗告人X3の負担とする。

理由

抗告代理人Bの抗告理由について

一  家庭裁判所は、特別の事由があると認めるときは、遺産の分割の方法として、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて、現物をもってする分割に代えることができるが(家事審判規則109条)、右の特別の事由がある場合であるとして共同相続人の一人又は数人に金銭債務を負担させるためには、当該相続人にその支払能力があることを要すると解すべきである。

これを本件についてみると、原審は、抗告人X1に対し、原決定確定の日から6箇月以内に、相手方らに総額1億8822万円を支払うことを命じているところ、原決定中に同抗告人が右金銭の支払能力がある旨の説示はなく、本件記録を精査しても、右支払能力があることを認めるに足りる事情はうかがわれない。

そうすると、原決定には家事審判規則109条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は裁判に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原決定中、被相続人Aの遺産の分割に係る部分は破棄を免れない。そして、右に説示したところに従い更に審理を尽くさせるため、右部分について本件を原審に差し戻すのが相当である。

二  本件記録によれば、抗告人X3は、被相続人Aの遺産の分割手続の当事者とならないことが明らかである。したがって、原審が採用した遺産の分割方法の違法をいう同抗告人の抗告は、適法なものということができないから、却下すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田顯)

抗告代理人Bの抗告理由

1.被相続人Aの相続につき、大阪高等裁判所は、神戸家庭裁判所の審判(以下「原審判」という。)を変更し、全遺産を申立人X1及び同X2に取得(共有部分はそれぞれ2分の1)させる一方、両名に、他の共同相続人に対し代償金支払い債務を負担させる旨の決定(以下「原決定」という。)をなした。

このような代償分割という方法が絶対に許されないというものではないが、家事審判規則第109条は「家庭裁判所は、特別の事由があると認めるときは、遺産分割の方法として、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて、現物をもってする分割に代えることができる。」と定めており、代償分割が許される場合を「特別の事由」がある場合に限っている。

そして、家事審判規則第109条にいう「特別の事由」が認められるのは、<1>現物分割が不可能な場合、<2>現物分割が可能であっても、分割後の財産の経済的価値を著しく損なうような場合、<3>現物分割は可能であり、<2>のような事情もないが、特定の遺産に対する特定の相続人の利用を保護する必要がある場会、<4>当事者間に合意が成立しているか、少なくとも、代償分割をすることについて異議がない場合等のいずれかの場合であり、かつ、債務負担を命ぜられる者に支払能力がある場合であることが必要だとされている(大阪高決平成3・11・14家月44巻7号77頁、法曹会「遺産分割事件の処理をめぐる諸問題」318頁)。

2.ところで、相手方Y1及びY2は、原決定に添付された平成11年10月25日付け主張書面にも明記されているように、不動産の取得を希望していたし、相手方Y3、同Y4及び同Y5も原決定に明記されているとおり、原則として現物分割を希望していた。さらに、申立人X1及び同X2の意見も、原決定に記されているように「原審判の別紙遺産目録I番号2ないし8の土地は、西側道沿いに東西に短く、南北に長くて、道と同じ高さの部分と、その東側の低地の部分(急傾斜地を含む段差がある。)になっている一段の土地であり、両部分の境界も明白ではない。したがって、これを併合の上南北に分割することは考えられても、現状で東西に分割することは不当である。同13の株式を抗告人らや相手方Y3、同Y4、同Y5らに一部でも取得させることは、会社経営に当たる申立人X2らとの間での新たな紛争を生じさせることになる。」というものであって、遺産の全部について現物分割が不相当という意見ではなかったのである。このように、当事者間に代償分割についての合意は成立していないことは原決定自体から明らかである。

また、被相続人Aの遺産が現物分割が不可能というものではないこと、分割後の財産の経済的価値を著しく損なうようなものでもないこと、そして、遺産の一部についてはともかく、遺産の全部について「特定の遺産に対する特定の相続人の利用を保護する必要がある場合」でもないことも、各当事者の意見、従って原決定自体から明らかである。

だとすると、原決定は、家事審判規則第109条にいう「特別の事由」の解釈について、従前の判例とは異なった立場に立って代償分割の方法を採用したものと解さざるを得ず、家事審判規則第109条の解釈に関する重要な事項を含むものというべきである。

3.また、原決定は、申立人X1及び同X2に合計金1億8822万円もの代償金の支払債務を負担させているが、これは両名の「支払能力」を確定しないままなされたものである。

ところで、代償金を支払って取得した財産を売却した場合、譲渡所得の計算上、代償金を資産の取得費として算入できないため、特定の相続人が取得する不動産を売却し、売却代金の中から代償金を支払うということになると、不動産取得者に不公平な負担を課すことになってしまうから、不動産取得者に不動産を保有したままで代償金を支払う資力があるときでなければ、代償分割という方法はとるべきではないとされている。昨今のように、不動産価格が下落傾向にあるときは、一層このことがあてはまる。

しかるに、原決定においては、この点に意を払ったという形跡はまったく窺えない。というよりも、本件の抗告審において、申立人X2が相手方Y1及びY2に対し6000万円を支払うという調停がまとまりかけたが、結局申立人X2においてそれだけの金の調達ができなかったという経緯があったことからすれば、抗告裁判所は、申立人X1及び同X2には、不動産を保有したままで、金1億8822万円もの代償金を支払う資力はないことを知悉していながら、原決定をなしたいといわざるを得ず、この点においても従前の判例とは異なった立場に立つものといわざるを得ない。

4.また、最高裁平成8年10月31日判決(民集50巻9号2563頁)は、共有物分割についてではあるが、いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割を認めたものの、共有物を取得させるべき者に賠償金の支払能力があることを確定しないで全面的価格賠償の方法によって共有物を分割した原審判の判断に違法があるとしている。

遺産分割と共有物分割という違いはあっても、遺産又は共有物を取得する者が、他の共同相続人又は他の共有者に対し、代償金又は賠償金を支払う能力があるかどうかを確定することの重要性・必要性には差異はないと解されるから、申立人X1及び同X2に金1億8822万円もの代償金を支払う資力があるかどうかを確定しないまま、その支払いを命じた原決定は、この最高裁判決にも反するというべきである。

5.以上のとおり、原決定は最高裁判所と相反する判断を含むものであり、家事審判規則第109条の解釈に関する重要な事項を含むものであるから、最高裁判所に対して抗告することの許可を求める次第である。

以上

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